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保命酒は広島県福山市鞆(とも)の浦で、江戸時代からつくられ続けている薬膳酒である。
読み方は「ほうめいしゅ」が正しく、「ほめいしゅ」は間違いなので注意。
保命酒の特徴や歴史などを紹介しよう。
●保命酒(ほうめいしゅ)とは
保命酒とは広島県の鞆の浦(とものうら)で、
みりんをベースにして生薬からエキスを抽出した薬膳酒である。
発祥は江戸時代であり、現在は4社が保命酒を製造している。
味わいはみりんベースなので甘口だが、生薬の苦味が少し感じられる。
酒税法上は混成酒(リキュール)に該当する。
・保命酒の効能
保命酒の効能は疲労回復、冷え性、夏バテ防止など。
製造元によって製造法や配合比が違うが、おおむねこれらの効能がある。
保命酒に限らず薬膳酒全般にいえることだが、飲めばすぐに効くというものではない。
少量(30ml程度)を毎日一杯飲み続けて、早ければ2週間ほどで効果が実感できる。
・保命酒の正式名称、語源
保命酒の正式名称は『十六味地黄保命酒(じゅうろくみじおうほうめいしゅ)』である。
十六味は16種の素材からつくられているため。
地黄(じおう)はメイン素材ということだろうか。
保命は古代の中医学書『素問病機気宜保命集』の保命を語源とする説がある。
保命には「命を保つ」と書いて「生命を与える」という意味がある。
●保命酒の原料
保命酒はみりんと生薬の2つに分けられる。
みりんはもち米、米麹、焼酎。
生薬は16種。
各社、使用する素材を一部公開しているが、
桂皮、甘草、丁子は共通しているようだ。
・元祖の生薬は13種だった
保命酒創業家の古文書が2006年に解読された。
その結果、元祖に使用されていた生薬は13種であることがわかった。
みりんの材料3種(もち米、麹、焼酎)と生薬13種を足して16種なのである。
現在販売されている保命酒は、
正式名称の『十六味地黄保命酒』から16種の生薬と解釈して、
元祖よりも3種多く使用していることになる。
創業家が製法を門外不出、一子相伝としていたため、
正確なレシピがわからなかったのである。
●保命酒の歴史
保命酒が製造されたのは1659年の江戸時代である。
大坂(現代の大阪)の漢方医 中村吉兵衛が保命酒の考案者である。
漢方薬の買い付けは長崎の出島で行っており、途中の宿場として鞆の浦を経由していた。
1653年(承応2年)、大洪水が大坂を襲い、吉兵衛の実家は壊滅状態となる。
鞆の浦で親しくしていた酒蔵 万古屋の津田六右衛門を頼り、
1655年(明暦元年)に鞆に移住する。
この地のお酒は『鞆の旨酒(とものうまざけ)』として全国でも有名であった。
鞆の旨酒は現代の本みりんのことである。
吉兵衛は漢方薬に使われる生薬と鞆の旨酒を合わせた薬膳酒を思いつく。
そして、1659年(万治2年)に『十六味地黄保命酒』の製造、販売を開始する。
鞆の浦は近畿-九州航路の中間地点として栄えた港町である。
瀬戸内海のちょうど中間にあることで潮の流れがぶつかるため、
「潮待ちの港」と呼ばれ、多くの旅行者や海運業者が鞆の浦で宿をとった。
このような立地のおかげもあり、保命酒は各地へとその名を広めていくこととなる。
名声を得始めた保命酒は、地元福山藩主へ献上する機会を得て、
福山藩の御用酒として名実ともに認められる。
保命酒が全国的に有名になると、類似品が出回るようになる。
中村家は福山藩に専売制を願い出て、類似品対策を行う。
保命酒の製法は門外不出、一子相伝とされることとなった。
贈答品、高級品となった保命酒は多くの著名人に飲まれている。
黒船来航で知られるペリー提督に、1854年(安政元年)の下田での接待時に
保命酒が食前酒として出されたという記録が残っている。
また、1861年(文久元年)に高杉晋作が鞆の浦に寄った際、
日記に保命酒を飲んだという記録もある。
1867年(慶応3年)にはパリで開催れた万国博覧会に保命酒が出品された。
時代が明治に変わると、保命酒は大きな影響を受けることとなる。
廃藩置県によって、御用酒として取り立ててくれていた福山藩がなくなり、専売権を失う。
これにより、保命酒を名乗る類似品が全国で現れる。
中村家は時代の変化に対応できず、1903年(明治36年)に廃業する。
現在は保命酒を製造しているのは4社のみで、全て鞆の浦にある。
各社で味わいが違うので飲み比べてみるのも良いだろう。
・岡本亀太郎本店
・入江豊三郎本店
・八田保命酒
・鞆酒造
●あとがき
江戸時代、その名を全国に轟かせ、多くの類似品がつくられた保命酒だが、
現在は知る人ぞ知る薬膳酒となっている。
日本では薬膳酒を飲む機会が少ない。
薬膳酒とはハーブリキュールと同じようなものなので、
もっと気軽に飲むシーンがあってもよいと思う。
なんなら、自宅で素材をお酒に浸けてオリジナル薬膳酒をつくる人がもっといてもよいと思う。
まずは保命酒などの薬膳酒やハーブリキュールのことを知ってもらう必要がある。
そのためには認知の機会を増やさないといけないのだが、
気軽に薬膳酒を飲めるような場がないのが現実である。