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フランスワインがカリフォルニアワインに負けた出来事があった。
ワインの長い歴史を持つヨーロッパ諸国は、
歴史の浅いニューワールドのワインはまだまだだと思っていたのだろう。
『パリスの審判』をきっかけに、ワイン業界のニューワールドへの見る目が変わった。
●背景
パリでワインショップを経営するスティーブン・スパリュア氏は、
カリフォルニアから持ち帰ったワインと飲み、出来の良さに驚いた。
そしてカリフォルニアワインの宣伝のため、テイスティング審査会を行うことにした。
- 開催地はフランスのパリ
- ブラインドテイスティング
- 審査員は9人(全てフランス人)
- 各審査員が20点法で採点し、平均点で競う
- 赤と白それぞれ、フランスワイン4種、カリフォルニアワイン6種の計10種
審査会はアメリカ独立200周年を記念して1976年に開催された。
アカデミー・デュ・ヴァン創立者でもあるスパリュア氏の呼びかけで、
フランスでワインに精通する著名人が審査員に選ばれる。
マスコミは、結果がわかりきっているのでほとんど参加していない。
●結果
赤ワイン結果
- (米)スタッグス・リープ・ワインセラーズ
- (仏)シャトー・ムートン・ロートシルト
- (仏)シャトー・モンローズ
- (仏)シャトー・オー・ブリオン
- (米)リッジ・モンテ・ベロ
- (仏)シャトー・レオヴィル・ラスカーズ
- (米)ハイツ・マーサズ・ヴィンヤード
- (米)クロ・デュ・ヴァル
- (米)マヤカマス
- (米)フリーマーク・アビー
白ワイン結果
- (米)シャトー・モンテレーナ
- (仏)ムルソー・シャトー・ルロー
- (米)シャローン
- (米)スプリング・マウンテン
- (仏)ボーヌ・クロデムシュ ジョセフ・ドルーアン
- (米)フリーマーク・アベイ
- (仏)バタール・モンラッシェ ラモネ・プルードン
- (仏)ピュリニィモンラッシェ・レ・ピュセル ルフレーヴ
- (米)ヴィーダークレスト
- (米)デイヴィッド・ブルース
結果は、赤ワイン、白ワインともにカリフォルニアワインの勝利となった。
カリフォルニアワインにとって完全にアウェーであり、だれもこの結果を予想できなかった。
マスコミで唯一参加していた米タイム誌の記者が、この結果を世界に発信すると、
ワイン業界に衝撃と困惑を与えた。
●パリスの審判
記事には『パリスの審判(Judgement of Paris)』と書かれた。
パリスの審判とは、ギリシア神話に出てくる話である。
登場人物のパリスと、開催地のパリスをかけた表現になっている。
パリスの審判概要
天界の結婚式に呼ばれなかった不和と争いの女神エリスが、
はらいせに「最も美しいものへ」と書かれた黄金のりんごを投げ入れる。
すると、ゼウスの妻である女神ヘラ、愛と美の女神ヴィーナス、
知恵と戦の女神アテナの三女神による奪い合いとなってしまう。
判断を求められたゼウスは自ら行わず、
トロイアの王子パリス(この時は羊飼いをしている)に委ねる。
三女神は自身を選ぶ見返りをパリスに提案する。
ヘラは土地と財産を、ヴィーナスは世界一美しい女性を、アテナは戦いでの勝利を。
そしてパリスはヴィーナスを選び、
世界一美しいと言われるスパルタの王女ヘレネを得る。
しかし、王女を奪われたスパルタはトロイアに侵攻することになる。
トロイア(トロイ)の木馬で有名なトロイア戦争である。
そしてトロイアは滅亡し、パリスも死んでしまう。
●リターンマッチ
フランスワインがカリフォルニアワインに負けたことについて、
フランスは「フランスワインは熟成のピークまで時間がかかる」とコメントする。
今回用意されたものは熟成が10年未満のものだった。
そして10年後の1986年にニューヨークでリターンマッチが行われたが、
結果はまたもやカリフォルニアワインの勝利。
さらに30年後の2006年にロンドンとカリフォルニアを回線で繋いで、
行われたテイスティング会の結果は、やはりカリフォルニアワインの勝利。
最後に41年後の2017年に東京で行われた試飲会の結果も、カリフォルニアワインの勝利。
フランスは伝統による規制が多く、その中で最高のワインを目指すが、
アメリカは伝統がなく、規制に縛られず、純粋に美味しさだけを目指す。
ブラインドテイスティングでは、純粋な美味しさが評価される。
歴史や伝統、産地、製法による付加価値を取り除いた純粋な美味しさである。
ただし、普通にワインを味わう時にブラインドテイスティングをするわけではないので、
多かれ少なかれ、飲むワインの情報を得て味わうものである。
人間の味覚はイメージに大きく左右される部分があるということである。
負けたからといって、フランスワインが美味しくないわけではない。
●あとがき
パリスの審判と呼ばれるこの話はとても面白い。
マスコミとして唯一その場に居合わせたタイム誌の記者がスゴイ。
記者の名はジョージ・テイバーである。
居合わせたことは幸運だったのかもしれないが、パリスの審判というギリシア神話を知っていて、
それをタイトルに使うところが秀逸だ。
こうして『パリスの審判』はワインの歴史に刻まれた。