文字数:約3900文字
『貴醸酒とは、清酒を使って造られた清酒である』、
一言で表すとこのようになる。
あまり飲む機会が少ない貴醸酒(きじょうしゅ)について、
製造方法や開発背景、味わいなどを説明する。
●貴醸酒のつくり方
貴醸酒は清酒を使って造る清酒であると書いたが、詳しく説明しよう。
まずザックリと日本酒造りを説明すると、以下の10工程になる。
①精米→②洗米、浸漬→③蒸し→④製麹→⑤酒母造り→
⑥仕込み→⑦搾り→⑧火入れ→⑨貯蔵→⑩出荷
貴醸酒造りで関係してくるのが⑥仕込み工程である。
多くの日本酒は『三段仕込み』という方法で仕込まれる。
三段仕込みとは、酒母に米、水、麹を3回に分けて投入していく。
最初の投入を『初添え』、2回目を『仲添え』、3回目を『留添え』と呼ぶ。
貴醸酒は、最後の留添えで水の代わりに酒を投入するのである。
酒の割合は酒蔵によって違い、水の全部や一部を酒に代える。
酒を投入後はアルコール度数が10%前後になるようにする。
このため、酒の投入量と投入度数は酒蔵によって違う。
貴醸酒は、日本酒の分類上『普通酒』となる。
水の代わりに加えるお酒が純米酒であっても、
仕込み時の副原料とみなされるためである。
・水を酒に代える効果
水を酒に代えるとどのような効果があるのか。
以下のようなものが挙げられる。
- 濃厚芳醇になる
- とろりとした甘口になる
- 後味すっきりになる
①濃厚芳醇になる
貴醸酒は糖分、有機酸量、アミノ酸量などが通常の清酒よりも1.5~2倍多く含まれている。
アルコール度数が高まることによって、酵母の活動が抑えられる。
酵母がブドウ糖の分解を緩めることで、
相対的に別の菌(乳酸菌など)がブドウ糖をエサにして活発化する。
これらによって、糖分や有機酸、アミノ酸が豊富となる。
②とろりとした甘口になる
通常の清酒は原料である米のデンプンを麹によってブドウ糖に分解し、
さらにブドウ糖を酵母によってアルコールに分解する。
そして分解が進みアルコール度数が高くなると、
自らつくったアルコールで酵母の活動は抑えられる。
しかし、貴醸酒は糖の分解が進む前にアルコール度数を高めることで、酵母の活動を抑える。
そして糖が分解されずに残ることで強い甘味が感じられるようになる。
③後味すっきりになる
貴醸酒は濃厚な甘口にもかかわらず、後味が軽快ですっきりとしている。
この理由は含まれるリンゴ酸が多いからである。
一般的な清酒の有機酸のうち、乳酸、コハク酸、リンゴ酸の合計が約80%を占める。
乳酸とコハク酸は同程度なのに対して、リンゴ酸はコハク酸の半分程度の割合である。
しかし、貴醸酒ではリンゴ酸の割合が倍近く増え、コハク酸に近づいている。
リンゴ酸が多いことで、濃厚で甘口なのにすっきりとした後味になるのである。
●貴醸酒の開発背景
貴醸酒が開発されたのは半世紀ほど前の1973年である。
高度経済成長によって、生活が豊かになると高級品が求められるようになる。
当時、お酒の高級品とはワインやブランデーなどであった。
招待客との乾杯のお酒や贈答品としてふさわしい高級な日本のお酒を造ることを目指して、
貴醸酒が開発された。
当時の国税庁醸造試験所(現 独立行政法人 酒類総合研究所)が中心となり、研究開発が進められた。
貴腐ワインや酒精強化ワインを比較対象として、
これらに比肩する日本酒造りを目指した。
貴醸酒の製造工程中にお酒(アルコール)を加える発想は酒精強化ワインの製法から、
貴醸酒の名前は貴腐ワインから着想したものである。
そして1976年に貴醸酒の研究と普及を目的として、
榎酒造(広島県)などの酒蔵5社が貴醸酒協会を設立する。
この貴醸酒協会が『貴醸酒』の商標登録を行っており、
『貴醸酒』と名乗ることができるのは協会に属する酒蔵のみとなる。
貴醸酒協会に属さない酒蔵は、『貴醸酒』とは名乗れず、
『三累醸酒』『再醸仕込み』『醸醸』などの別名を名乗っている。
・八岐大蛇に飲ませた酒は貴醸酒だった?
日本神話に出ていくる八岐大蛇(ヤマタノオロチ)は、
用意されたお酒を飲み、酔って寝てしまったことで首を切られたといわれている。
この時のお酒は『八塩折之酒(やしおりのさけ)』という。
結論をいうと、八塩折之酒は貴醸酒ではない。
八塩折之酒は、何度も繰り返し醸造した濃いお酒とされているが、詳細は不明なのである。
・貴醸酒は延喜式に記されている?
平安時代に書かれたとされる『延喜式(えんぎしき)』に『しおり』という酒造方法が記されている。
これはもろみを濾した後、さらに米、米麹を加えて再発酵させる製法である。
しおり製法で造られるお酒は『御酒(ごしゅ/みき)』と呼び、
宮内省の造酒司(みきのつかさ/さけのつかさ)で造られていた高級酒である。
結論をいうと、延喜式に記されているのは貴醸酒ではない。
しおり製法で造る御酒も高級酒であるが、貴醸酒とは違う。
高級酒を目指して研究開発した結果、製法は違えど、
古代の高級酒に近いものが出来上がったということである。
●貴醸酒の特徴(味わい、香り、色見)
貴醸酒の肝心な味わいはどのようなものか。
すでにいくつか上記したので繰り返しになるが、以下のとおりである。
- 濃厚芳醇
- とろりとした甘味
- 後味すっきり
- 甘美な香り
- 琥珀色
①~③については、つくり方の項で上記した。
さらに少し付け加えておく。
・甘味について
貴醸酒の日本酒度は-40~-50くらいある。
日本酒度は辛口が+(プラス)になり、-(マイナス)になるほど甘口になる。
通常は日本酒度-10だとかなりの甘口である。
貴醸酒の日本酒度を考えると極甘口といえる。
ここまで甘いと、食中酒で料理に合わない。
つまり、貴醸酒は食前酒や食後酒として飲むことを想定して造られている。
他にもアイスクリームにかけるなど、デザートとしても使える。
これは貴腐ワインや酒精強化ワインの飲み方に似ている。
・貴醸酒のアルコール度数や日本酒度
貴醸酒と貴腐ワインや酒精強化ワインのアルコール度数と日本酒度を比較してみよう。
データは旧醸造試験所のものである。
目標とした貴腐ワインや酒精強化ワインと肩を並べることが、数値データでも示されている。
お酒 | 種類 | 国 | アルコール度数 | 日本酒度 | 酸度 |
---|---|---|---|---|---|
貴腐ワイン | シャトーディケム | フランス | 14.2 | -52 | 9.8 |
貴腐ワイン | トカイエッセンシア | ハンガリー | 14.1 | -113 | 13.4 |
貴腐ワイン | ベーレンアウスレーゼ | ドイツ | 10.3 | -42 | 7.6 |
酒精強化ワイン | マデイラ | ポルトガル | 17.8 | -43 | 9.9 |
貴醸酒 | 貴醸酒 | 日本 | 17.8 | -46 | 3.0 |
④甘美な香り
通常の日本酒は吟醸香やフルーティーな香りするが、
貴醸酒は甘く華やかな香りがする。
レーズンやドライフルーツ、ナッツなど、酒精強化ワインの極甘口に近い。
熟成の方法や期間によって、かなり違いが出る。
木樽、木桶で熟成させると木からの香りが加わり、複雑味が増す。
熟成期間が長くなると、日本酒らしいの香りからはどんどん離れていく。
⑤琥珀色
色見は、キレイな琥珀色になる。
熟成させない場合は、やや黄味がかった色になる。
製品によっては濾過して透明にする場合もある。
貴醸酒は通常の日本酒に比べると熟成が進みやすい。
熟成により円熟味が増し、色も麦藁色から琥珀色へ、さらに赤味を帯びてくる。
●おすすめの貴醸酒
普通の居酒屋に貴醸酒はなかなか置いていない。
日本酒に力を入れている居酒屋でたまに貴醸酒を見かけることがある。
スーパーなどでも取り扱っているお店は少ない。
酒屋さんなどでは地元の酒蔵が造った貴醸酒を置いていたりする。
日本酒と同様に貴醸酒にもさまざまなものがある。
ここではおすすめをいくつか紹介する。
・華鳩(はなはと) 貴醸酒8年貯蔵/榎酒造(株)_広島県
貴醸酒の代表格ともいえる榎酒造の華鳩。
榎酒造は貴醸酒協会を設立した5酒蔵の1つ。
8年熟成させることで、まろやかで濃厚な味わい。
小容量品もあり、お試しには最適。
ラインナップが多く、貴醸酒のにごり酒や8年、10年、30年などの長期熟成酒もある。
華鳩には特定名称酒(純米酒や大吟醸酒など)もあり、純米酒と貴醸酒を飲み比べてみるのも良いだろう。
・黒龍(こくりゅう) 貴醸酒/黒龍酒造(株)_福井県
黒龍や九頭龍で知られる福井県の酒蔵が手掛ける貴醸酒。
仕込み酒には黒龍の純米吟醸酒を贅沢に使用。
熟した白桃のような香りと、甘味とフルーティーさのバランスが良い。
後味はすっきりと爽やかさがある。
・陽乃鳥(ひのとり) 貴醸酒/新政酒造(株)_秋田県
秋田県の新政酒造が手掛ける貴醸酒が陽乃鳥である。
新しいことに挑戦し続ける新政酒造の日本酒は人気が高い。
仕込みに使われたお酒が再発酵されて生まれ変わることから、陽乃鳥と命名。
仕込みに使うお酒はミズナラの樽で一年熟成されており、そのためバニラ香が加わる。
また、仕込みは木桶で行われており、さらに複雑な風味をまとう。
・鏡山(かがみやま) 再醸仕込み/小江戸鏡山酒造(株)_埼玉県
鏡山は『再醸仕込み』と表記している。
上記したが、貴醸酒と名乗れるには貴醸酒協会に加盟していなければならない。
つくり方は貴醸酒と同じなので、濃厚甘口ですっきりとした味わいである。
●あとがき
貴醸酒のつくり方を知れば、さらなる可能性が見えてくる。
仕込むお酒を清酒以外のお酒を使う、貴醸酒を蒸留する、貴醸酒に果物やハーブなどを漬けてリキュールにするなどなど。
お酒にはまだまだ多くの可能性があり、自由な発想で新しいお酒が生まれるのを期待したい、そして味わいたい。