『カクテルの王様(King of Cocktails)』と呼ばれるマティーニ。
お酒に詳しくない人でも、その認知度は高い。
マーティーニの名前は知っているが、飲んだことはない、
どんなカクテルか知らない、という人は意外と多い。
マティーニがどのようなカクテルなのか、レシピや誕生背景を見ていこう。
●レシピ
材料
- ドライ・ジン・・・・・・・・・・45ml
- ドライ・ベルモット・・・・・・・15ml
- オリーブまたはレモンピール・・・1個
- カクテル・グラスを冷やしておく
- 氷を入れたミキシング・グラスにジンとベルモットを入れ、ステアする
- 冷えたカクテル・グラスに、ストレーナーで濾しながら注ぐ
- オリーブを沈める、またはレモンピールを振りかける
ジンとベルモットの割合を3:1から5:1、8:1へと、
ジンの割合を増やしていくほど、ドライな味わいになる。
つまり、ジンそのものの味わいに近づく。
日本では基本的にステアで作るが、海外ではシェークで作ることが多い。
シェークのほうがまろやかになり、飲みやすいが、辛口からは遠ざかる。
・特殊レシピ
マティーニのレシピはたくさん存在するが、
そのなかでも特殊なものをいくつか紹介しよう。
よりドライを極めるために目指したものである。
★ベルモットのフタを擦りつける
十分に冷やしたグラスの縁に、ベルモットのフタ(コルク)を擦りつける。
グラスに冷凍庫で冷やしたジンを注ぐ。
口を近づけると、ベルモットの香りが漂う。
グラスに口をつけた部分のベルモットのみがジンと混ざり口に入る。
★「ベルモット」と囁かせる
イギリスの元首相であるウィンストン・チャーチルの話である。
真偽は定かではない。
執事にベルモットでうがいをさせ、グラスに注いだジンに「ベルモット」と囁かせる。
ベルモットの香りがグラスの周囲に漂い、ジンとの共演を成す。
ジンは完全にストレートなので、香りをプラスしたものである。
上流階級だからこそできる飲み方である。
自分でうがいすると、口の中がベルモットになってしまう。
他人にうがいさせることに意味がある。
★ベルモットの瓶を見る
これもチャーチルの話なので、真偽は定かではない。
ベルモットの瓶を置き、それを眺めながらジンを飲む。
瓶を眺めることで、ベルモットの味をイメージし、口の中のジンと混ぜ合わせる。
想像力を使った味覚へのアプローチである。
脳内で味を作り上げる、マティーニの一つの到達点。
●誕生背景
マティーニの起源にはいくつかの説があり、どれも決定的な確証がない。
当初のレシピと現代のレシピはかなり違ったものになっている。
下記のマルケリート・カクテル以外は『ジン&イット』である。
イットとはイタリアン・ベルモット、つまりスイート・ベルモットを指す。
ジン&イットがマティーニの原形と言われる由縁である。
それぞれの説を見ていこう。
- マルティネス説①
- マルティネス説②
- マルティーニ・ヘンリー・ライフル説
- マルケリート・カクテル説
- マルティーニ・ディ・アルマ・ディ・タッジア説
- マルティーニ・エ・ロッシ社説
・マルティネス説①
マルティネスというのは、カリフォルニア州にある町の名前である。
1870年頃、町の酒場にサンフランシスコから金鉱夫がやってきた。
彼はウイスキーを補充するため、空のボトルと金の粒をカウンターに出す。
ボトル一杯に補充されたウイスキーだけでは金の価値に足らず、
差分を埋めるために、カクテルが出された。
酒場のフランス人店主ジュリオ・リシュリューはカクテルの名前を聞かれて、
『マルティネス』と答える。
その後、リシュリューはマルティネスの町からサンフランシスコに移り、酒場を開く。
その酒場で『マルティネス』は人気のドリンクとなる。
・マルティネス説②
伝説のアメリカ人バーテンダー、ジェリー・トーマスによる創作だとする説。
トーマスは『ブルー・ブレイザー』『トム&ジェリー』などのカクテルを創作している。
サンフランシスコでバーを営んでいたある日、一人の旅人が来店する。
その客はカリフォルニア州のマルティネスという町に向かう途中だという。
客は一粒の金を出し、特別なカクテルを注文する。
トーマスは創作したカクテルに『マルティネス』と名付けて出した。
トーマスは1862年に「美食家の友、ミックス・ドリンクの作り方」という、
マニュアル本を出版する。
カクテルレシピが236種掲載され、売れ行きは良かった。
1876年の第二版でタイトルを「バーテンダーズ・ガイド」とし、約50種レシピを追記。
没(1885年)後、1887年の第三版で『マルティネス』を含む24種のレシピが追記される。
ちなみにマルティネスの町は『マティーニ発祥の地』として、PRしている。
・マルティーニ・ヘンリー・ライフル説
イギリスで伝わる説。
1871年から1891年にかけてイギリス軍で使われていたライフル銃に由来する。
スイス人のフリードリヒ・フォン・マルティーニが開発した、
大口径で反動(キック)の大きいライフル銃。
カクテルを飲んだ時のキックの強さが、マルティーニ・ヘンリー・ライフルを想起させることで、
このカクテルを『マルティーニ』と呼ぶようになったという。
・マルケリート・カクテル説
1896年のアメリカ・ニューヨークで、
「スチュアートの粋なカクテルとその作り方」という本が出版された。
著者はバーテンダーであるトマス・スチュアート。
彼はこの本の中で、『マルケリート・カクテル』というもののレシピを記述している。
材料は以下のとおりである。
- プリマス・ジン・・・・・・2/3
- フレンチ・ベルモット・・・1/3
- オレンジ・ビターズ・・・・少々
この材料は現在のものに近い。
他の説の材料はオールトム・ジンだったり、イタリアン・ベルモットだったりを使う。
これらの材料では甘口のカクテルができあがる。
それらは後に辛口の材料に変わるが、『マルケリート』は最初から辛口である。
しかし、1896年ではすでに『マルティネス』のレシピが公開されているため、
『マルティネス』に改良を加えたとも考えられる。
・マルティーニ・ディ・アルマ・ディ・タッジア説
20世紀初頭にニューヨークのニッカーボッカー・ホテルのイタリア人バーテンダー、
マルティーニ・ディ・アルマ・ディ・タッジアが創作したとする説。
彼は第一次大戦(1914-1918)前からドライ・ジンとドライ・ベルモットと
オレンジ・ビターズを使ったカクテルを作っていたという。
さらにベテランイタリア人バーテンダーの一人が、
1912年にニッカーボッカー・ホテルでそのカクテルを飲んだことがあるという。
しかし、1912年ではすでに『マルティネス』のレシピが公開されており、
また、『マルケリート』のレシピも公開されている。
つまり既にその材料の組み合わせは公表されていたのである。
・マルティーニ・エ・ロッシ社説
ベルモットの主要メーカーであるマルティーニ・エ・ロッシ社が、
自社のベルモットを販促するためにマティーニというカクテルを作ったという説。
しかしこの説は確実に誤りとされている。
同社のベルモットがアメリカに広まったのは他の説ですでにレシピが公開された後なのである。
●バリエーション
マティーニには多くのバリエーション・カクテルが存在する。
ここでは、『ギブソン』と『ヴェスパー』を紹介する。
・ギブソン
材料
- ドライ・ジン・・・・・・50ml
- ドライ・ベルモット・・・10ml
- パールオニオン・・・・・1個
- カクテル・グラスを冷やしておく
- 氷を入れたミキシング・グラスにジンとベルモットを入れ、ステアする
- 冷えたカクテル・グラスに、ストレーナーで濾しながら注ぐ
- パールオニオンを沈める、またはレモンピールを振りかける
アメリカ人イラストレーターのチャールズ・ダナ・ギブソンが好んで飲んだドライ・マティーニ。
1890年代に誕生したカクテル。
より辛口のマティーニを求めたことにより、ジンの割合を多めにし、
オリーブをパールオニオンに替えた。
別の誕生説として、ボクシングの興行主、ビリー・ギブソンに由来するとも。
・ヴェスパー
材料
- ドライ・ジン(ゴードン)・・・・・・ 30ml
- ウォッカ(穀物)・・・・・・・・・・ 10ml
- キナ・リレ(またはリレ・ブラン)・・・5ml
- 厚めのレモンピール・・・・・・・・・・1個
- カクテル・グラスを冷やしておく
- シェーカーにオレンジピール以外の材料と氷を入れ、シェークする
- 冷えたカクテル・グラスに、ストレーナーで濾しながら注ぐ
- レモンピールを飾る
『リレ』はフランスのワインベースの食前酒。
作中では『キナ・リレ』が使われているが、入手困難のため、
『リレ・ブラン』を使うのが現実的。
イアン・フレミング作の『ジェームズ・ボンド』シリーズ第1作
『007 カジノ・ロワイヤル』で登場するカクテル。
イアン・フレミングに頼まれて、ロンドンのデュークホテルのバーテンダー、
ジベルト・プレティが考案したといわれるが、真実ではないらしい。
名前は初代ボンドガール、ヴェスパー・リンドに由来する。
ヴェスパーとは、ラテン語で「宵の明星」「黄昏(たそがれ)」を意味する。
●あとがき
マティーニはカクテルの中でも別格の扱いである。
マティーニ単独で本が出るほどである。
バーに行って、マティーニ尽くしの注文をするのも楽しい。
定番から始まり、ロックスタイル、ギブソン、
ジン以外(ウォッカ、ラム、テキーラ、、)のマティーニ、
最後にエスプレッソ・マティーニでしめる。
マティーニを知れば、バーでの楽しさが倍増するだろう。